世界遺産アカデミー宮澤さんに伺う フランスの世界遺産

2021年4月現在フランスには45件の世界遺産が存在し、登録件数では世界5位を誇ります。そんなフランスの世界遺産について、世界遺産アカデミー主任研究員の宮澤さんにお話を伺いました。

世界遺産アカデミーの活動について、France .frの読者に教えていただけますか?

世界遺産アカデミー (外部リンク) は、世界遺産を定めているUNESCOの理念や世界遺産活動の意義を人々に伝え、その保全活動の輪を広げていく活動を様々行っています。
年間3万人以上が受験する世界遺産検定の主催をはじめ、講演会や大使館でのセミナー、そして、大学や小中高校に伺って世界遺産を学ぶ意義や楽しさを伝える活動をしています。


フランスの世界遺産にはどんな特徴がありますか?

フランスの世界遺産の面白さの一つはその多様性です。時代区分では先史時代からローマ時代、中世、近現代の産業遺産まで。また、教会や聖堂といった宗教建築、パリのような都市景観、農業景観、洞窟、ポリネシアをはじめ海外領土の遺産など、多様な形式の遺産が登録されています。

また、ゴシック建築の傑作が多いということも、特徴として挙げられます。もともとゴシック建築はフランスのパリを中心に広まった建築様式なので、フランスの教会建築は圧倒的にゴシック様式が多くなっています。パリのノートルダム大聖堂シャルトルの大聖堂アミアンの大聖堂ランスの大聖堂といったゴシック建築の傑作が多く世界遺産に登録されています。

最後に、これはヨーロッパの世界遺産の特徴でもあるのですが、文化遺産の割合が高くなっています。フランスの世界遺産は文化遺産が39件、自然遺産が5件、複合遺産が1件で構成されており、そのうちフランス本土で自然遺産として登録されているのはコルシカ島の『ピアナのカランケ、ジロラータ湾、スカンドーラ自然保護区を含むポルト湾』とオーヴェルニュ・ローヌアルプ地方の『ピュイ山脈とリマーニュ断層の地殻変動地域』。複合遺産はオクシタニー地方の『ピレネー山脈-ペルデュ山』です。それ以外の自然遺産はレユニオン島やニューカレドニアといった海外領土に存在しています。

terredexception-pariou (C)Comité Régional de Développement Touristique d'Auvergne FAYET-Gérard(C)Comité Régional de Développement Touristique d'Auvergne FAYET-Gérard ピュイ山脈とリマーニュ断層の地殻変動地域、ピュイ山脈最高峰のピュイ・ド・ドーム


フランスの世界遺産の多様性にはどんな理由があるのでしょうか

世界遺産への登録は、国ごとによる何を推薦するかという判断に基づいています。そして、推薦されるためにはその国の法律などで守られていることが必要です。つまり、フランスでは産業遺産、自然景観、農業景観、そして様々な文化と関係する遺産が保護されているということです。フランスに多様な世界遺産が存在するのは、こうしたフランスの文化財の捉え方や保護の考え方自体が多様だからだと言えるでしょう。


宮澤さんが今までに訪れた中で、印象に残っているフランスの世界遺産はありますか?

現在1,121件登録されている世界遺産の中で、僕が一番好きな世界遺産は『ヴェズレーの教会と丘』です。ヴェズレーは、ブルゴーニュ地方の小高い丘の上にある、舟のような形をした小さな街です。

3 ヴェズレー© ALAIN DOIRE – Bourgogne Franche comté Tourisme© ALAIN DOIRE – Bourgogne Franche comté Tourisme ヴェズレー

当時フランスに留学していた僕は、復活祭の休みに合わせてレンタカーでフランス各地を旅行していました。ホテルは事前に予約せず、ガイドブックを見て気になった場所に向かうといった自由気ままなスタイルを楽しんでいたのですが、お休み期間だったということもあり、ヴェズレーではどこのホテルにも空きがありませんでした。仕方がないから新市街の方へ移動しようとしていたら、あるホテルのご主人が小走りで隣の民家に出向き、僕を泊らせてくれるようにお願いしてくれたのです!こうして僕はその日、ヴェズレーに泊まることができました。旅における人との出会いや思い出はとても重要で、この経験を通して「ヴェズレーって素敵な街だな」と印象に残りました。

ヴェズレーは、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の出発点の一つで、12世紀ごろから多くの巡礼者たちが訪れています。旅行者や巡礼者を受け入れることは昔から行われていることなのでしょう。フランス語が上手くないアジア人の若者が突然来ても受け入れてくれたことに、ヴェズレーの人々の懐の広さを感じました。

また、フランスの遺産はゴシック建築が多いというお話をしましたが、僕自身はロマネスク様式の建築が好きで、ヴェズレーにはロマネスク建築の傑作とされるサント・マドレーヌ教会があります。重厚な壁や半円アーチなど、ロマネスク様式の特徴がぎゅっと詰まっていて、正面扉上のタンパンに彫られた「聖霊降臨」はロマネスク彫刻の最高傑作です。僕が教会に入った時、ちょうどミサが始まるところで、聖歌の響きがだんだんロマネスクの教会に満ちていくと同時にろうそくに火が灯り、本当に素晴らしい空間でした。

ヴェズレー003©Hikaru Miyazawa サント・マドレーヌ教会


日本ではあまり有名ではないけれど、実は見どころの多い、おすすめのフランスの世界
遺産はありますか?

フォントネーのシトー会修道院』という小さな修道院があるのですが、世界遺産には珍しく個人所有の遺産です。もとは12世紀初頭にサン・ベルナール・ド・クレルヴォーというシトー会修道士によって創設されました。労働を重視し、聖書の言葉に純粋に従って質素な生活をすることで神に近づけるとするシトー会の考え方に基づき、修道院の内装は質素で色も飾りもほとんどありません。聖母マリア像が一体あるのですが、これはあまりにも辛い修道院生活を送る中で、マリア様の像だけでも置いて欲しいという修道士たちの求めに応じて作られました。また、シトー会では個人所有が認められていなかったので、寝室も共有の広場に敷物を敷いて寝ていました。

フォントネー002フォントネーのシトー会修道院

あまり残っていない部分もありますが、建物の質素なつくりを見ていると、12~13世紀の当時の修道士たちの生活が手に取るように見えてきます。身近に感じることができる世界遺産なので、是非皆様にも訪れていただきたいと思います。

ヴェズレーやフォントネーを含むブルゴーニュ地方はワインや食事が美味しく、気候も穏やかなので、旅行には最適です。現地のものを飲んで食べて、地元の人々と交流して楽しんでいただきたいですね。


日本とつながりのあるフランスの世界遺産と言えば「ル・コルビュジエの建築作品」が有名です。フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジェが設計した7か国の17作品には東京の国立西洋美術館本館も含まれ、2016年の世界遺産登録時には日本でも大きく取り上げられました。日本とフランスのつながりが感じられる世界遺産はほかにもあるのでしょうか。

日本の世界遺産である富岡製糸場とフランスの世界遺産であるリヨンの歴史地区には深い関わりがあります。明治初期、日本は近代化の主産業に製糸工業を据え、近代的な生糸の生産を実現するために富岡製糸場が導入されました。工場の設立に伴い招聘された職人が、フランスのリヨンで生糸産業に従事したポール・ブリュナでした。
リヨンは14世紀ごろから絹織物の交易で栄え、少し前までも細い路地を歩くと機織機の動く音が聞こえるくらい、絹産業が地元に根付いていました。ポール・ブリュナは、フランスのリヨンで磨いた技術や知識を日本の富岡製糸場で広め、以降の日本の近代的な製糸工業とその教育システムの普及に貢献しました。
富岡製糸場は日本の世界遺産に登録され、また、ポール・ブリュナの出身地であるリヨンもその歴史地区が世界遺産に登録されています。日本とフランスをつなぐ世界遺産なのではないでしょうか。

Lyon old-town© Martin-Shutterstock© Martin-Shutterstock リヨン旧市街


最後に、世界遺産を訪れる時の注意点を教えてください。

「遺産」と聞くと過去のものと感じるかもしれません。でも、多くの世界遺産はまさに現在を生きています。例えば、教会では今も祈りが捧げられいるし、街並みの中でも人が普通に生活しています。旅行で世界遺産を訪れる際は、その遺産が地元の人々の生活に組み込まれていることを理解し、その生活の一部を見せてもらっていることを意識してみてください。地元の人々を大切に、尊重して欲しいと思います。

また、訪れる前に世界遺産を学んでいただきたい。世界遺産アカデミーとして、世界遺産を守っていくためには、人々がそれを大切にするべきだと理解することが一番大事だと思っています。そうでないと、どれだけお金があっても法律があっても守られることはないはずです。保全をして次の世代に伝えていくために、世界遺産の価値を理解し、なぜ守るべきなのかを皆さんに知っておいてもらうことが重要だと思います。

そして最後に、世界遺産を訪れて旅をするなら、現地のものを食べて飲んで、地元の人と話をして、五感をすべて使ってその場の空気を吸収してみてください。その結果、料理が口に合わなかったり、嫌な思いをしたとしても良いんです。それが経験となって、記憶に残ると思うのです。是非、素敵な世界遺産の旅をしてください。


◆ プロフィール

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宮澤光(みやざわひかる)
NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員。北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。早稲田大学、東洋大学、跡見学園女子大学ほか非常勤講師。世界遺産に関する書籍の編集・執筆・監修や、メディア出演・監修のほか、これまで全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『世界遺産で考える5つの現在』(清水書院)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)ほか。
世界遺産アカデミー公式サイト (外部リンク)