2025年は「セザンヌ・イヤー」。巨匠の足跡をたどりながら、南フランスの魅力を再発見するのにぴったりの年です。エクス・アン・プロヴァンスで生まれたポール・セザンヌは、長くプロヴァンスで暮らし、この地の光と色彩を誰よりも鮮やかに描き出しました。ピカソが「私たちみんなの父」と呼んだ画家の作品に導かれて、プロヴァンスの風景を巡る旅へ出かけてみませんか。
1日目:マルセイユからエクス・アン・プロヴァンスへ(約30km)
Estaque, Plage de l'Estaque, Marseille, France
セザンヌの足跡をたどる旅は、フランス最古の都市マルセイユから始まります。なかでもレスタックは、かつての漁師町であり、セザンヌに深いインスピレーションを与えた場所。彼の代表作『レスタックから見たマルセイユ湾』『レスタックの海』『レスタックの岩場』などにその風景が描かれています。
幼少期からこの土地を知っていたセザンヌは、1870年から1886年にかけて何度もこの地を訪れました。
1876年、友人ピサロに宛てた手紙には「まるでトランプのカードみたい。青い海に赤い屋根が並んでいる」と記しています。彼がここで試みた絵画表現の探求は、やがて近代絵画の幕開けとなりました。
レスタックやプロヴァンスを訪れたなら、ぜひ歩いて楽しみたいのが「画家たちの小径」。この趣ある地区と絵画の歴史とのつながりを体感できる散策ルートです。教会前の展望スポットでは、赤い屋根の家々、コート・ブルーの高架橋、マルセイユの港を一望でき、水彩画に挑戦するのもおすすめです。建築好きには「建築巡りのルート」も。風変わりな邸宅やバスティッド、かつての集合住宅が点在するレスタックの魅力を発見できます。
その後は、セザンヌが生涯を通じて愛した町、エクス・アン・プロヴァンスへ。町の中心部を散策しながら、「C」のマークが付いたピクトグラムをたどる徒歩ルートで、セザンヌの生家から彼が眠るサン=ピエール墓地まで歩いてみましょう。
宿泊は
エクス・アン・プロヴァンスにある「オーベルジュ・ラ・コスト Auberge La Coste · Hôtel Restaurant à Aix en Provence,」へ。サステナブルかつ上質な滞在を楽しめる新しい宿泊施設で、この旅の拠点にぴったりです。
2日目:エクス・アン・プロヴァンス
Bastide du Jas de Bouffan, Route de Galice, Aix-en-Provence, France
ジャ・ド・ブファン邸
セザンヌ家が約40年間暮らしたこのプロヴァンスらしい館――ジャ・ド・ブファン邸は、ポール・セザンヌの創作とインスピレーションを語るうえで欠かせない場所です。若き日のセザンヌは、この邸宅の1階の壁に12点もの装飾画を描きました。
庭園に出ると、彼はオランジュリー(温室)や木立、マロニエの並木道、彫像が飾られた池、そしてこのバスティッド自体をモチーフに、数々の絵を生み出しました。
1859年から1899年にかけて、ここは油彩36点、水彩17点の舞台となりました。特に敷地の奥から見渡す鉄道越しの風景は、サント=ヴィクトワール山を描いた彼の最初の作品の場所として知られています。
長らく修復のため閉館していたこの邸宅は、2025年6月28日、セザンヌ・イヤーに合わせて一般公開を再開します。
ローヴの丘のアトリエと画家の野外アトリエ
ローヴの丘に建てられたアトリエは、セザンヌが1902年から亡くなる1906年まで、毎朝通い詰めた制作の場。家具や絵筆、私物の数々が今もそのまま残されており、傑作《大水浴図》をはじめとする作品がここで誕生しました。
敷地内にはブティックやライブラリー、企画展示や文化イベントもあり、カフェスペースでひと休みすることも可能です。静けさに包まれた空間で、芸術の余韻に浸れます。
アトリエから徒歩数分、画家の野外アトリエ(テラン・デ・ペントル)では、セザンヌが愛したサント=ヴィクトワール山を一望できます。現地には、彼の代表作を溶岩板に再現したレプリカ9点が展示されており、絵画と風景がひとつになる瞬間を体感できます。
アクセス方法:
アトリエから徒歩16分。マルグリット小径を進み、ポール・セザンヌ通りを上がってラウンドアバウト(ポルタル・セザンヌ)を越え、左手の階段を下るとテラン・デ・ペントルに到着します(私有地内のため、住民の静けさへの配慮をお忘れなく)。
3日目:エクス・アン・プロヴァンスからサント・ヴィクトワール山へ(約15km)
Carrières de Bibémus, Chemin de Bibémus, Aix-en-Provence, France
セザンヌの足跡をたどる旅もいよいよクライマックス。3日目は、彼が何度も筆を向けた名所をめぐる、風景と芸術の一日です。
ビベミュの石切場 Les Carrières de Bibémus
まるで野外美術館のようなこの石切場(採石場)は、サント・ヴィクトワール山や周囲の雄大な自然を一望できる絶景スポット。18世紀までエクスの建築に用いられる石材を切り出していたこの岩場は、キュビスム誕生の源流とされる場所でもあります。
セザンヌは1895年から1904年にかけてこの場所に通い詰め、赤みを帯びた岩の質感や力強い自然に着想を得て、『赤い岩 Le Rocher Rouge』など、油彩11点、水彩16点を制作。
自作を保管し、ときには宿泊もしていたというセザンヌの小屋を中心に整備された散策ルートでは、再現画や解説パネルとともに、芸術と自然が交差する景色を楽しめます。
2022年に再整備されたこのルートは、松林の木陰を歩きながら、かつて画家が魅了された風景と、静かに向き合うことができます。
ランチは絶景とともに
ビベミュを訪れたあとは、近くのヴォーヴナルグ村 Vauvenargues にあるレストラン「サント・ヴィクトワール Sainte Victoire」でゆったりと昼食を。地中海料理とブラジル料理を融合させたシェフ・マテウス・マランゴーニ Mateus Marangoni による繊細な一皿とともに、サント・ヴィクトワール山を望む贅沢なひとときをお楽しみください。
サント・ヴィクトワール山 La montagne Sainte-Victoire
エクス・アン・プロヴァンスの東にそびえる、プロヴァンスを象徴する山――サント・ヴィクトワール山は、セザンヌが80回以上描いた、まさに彼の“ミューズ”ともいえる存在です。代表作には、『ビベミュの採石場から見たサント・ヴィクトワール山』『大きな松のあるサント・ヴィクトワール山』などがあります。
標高1011メートルのこの山は、南側では鋭い岩肌がアルク盆地を見下ろし、北側はやわらかな丘陵地帯が広がります。車で山をぐるりと一周するドライブルートでは、ビベミュやル・サングル、パリエールなど、セザンヌが描いたカルスト台地を横目に、変化に富んだ風景が楽しめます。
途中、ボールルキュイユ村での小休憩もおすすめ。ここからは、山の全景をとらえる絶好のビューポイントです。その後は、緑豊かなサン・アントナン・シュル・バイヨンや、ワイン畑に囲まれたピュイロビエ、プーリエール、そしてセザンヌゆかりの地であるヴォーヴナルグ村など、素朴で美しい村々を巡りながら、プロヴァンスの自然と芸術に包まれる一日を締めくくりましょう。
アドバイスとおすすめ情報
特別な文化遺産――セザンヌの道(Route Cézanne)
フランスで唯一、歴史的記念物に指定されている道路、それがセザンヌの道です。1959年、当時の文化担当大臣アンドレ・マルローによって保護対象とされ、地元で「トロネの小道」と呼ばれていたこの道は、正式に「セザンヌの道」と名づけられました。
エクス・アン・プロヴァンスと小村トロネを結ぶこの全長4.6kmの観光ルートには、セザンヌの創作を支えた風景が今も残されています。たとえば、トロネ城、ビベミュの石切場、サント・ヴィクトワール山、ゾラ堰堤、セザンヌの水車小屋などが点在し、道中は画家のまなざしを追体験できる贅沢な時間が流れます。
毎年一度、Route Cézanne du Tholonet協会によって文化イベントも開催され、その日には道が歩行者専用となり、両端に無料駐車場が用意されます。松林やオリーブ畑、ぶどう畑の間を抜けるこの散策道は、プロヴァンス旅行でぜひ立ち寄りたい、魅力あふれるスポットです。

by Raymond Marie
観光と文化を専門とするジャーナリスト、マリーの密かな楽しみは「どこでも執筆すること」──ただし、オフィスは例外。 時代の空気や日々の移ろいの中に、彼女のインスピレーションの源があります。