世界最大級の自転車ロードレース、ツール・ド・フランス。エッフェル塔や360種類ものチーズと並び、フランスを象徴する存在として人々に愛されています。
毎年7月、選手たちはフランス各地を巡りながら、美しい景色の中で熱戦を繰り広げます。ツール・ド・フランスの魅力を、5分でご紹介します。
壮大なレース

100年以上の歴史を重ねる中で、ツール・ド・フランスのコースは年々進化を遂げてきました。
現在では、毎年7月の約3週間にわたり、22チーム・176人の選手が総距離3,000km以上を走破します。レースは全21ステージ・23日間で行われ、そのうち休息日はわずか2日。コースは毎年変更され、フランス全土の3分の1以上の県を巡ります。
女子大会も開催

2022年からは、ツール・ド・フランスに女子大会「ツール・ド・フランス・ファム」が復活しました。
大会を率いるのは、元フランス・ロードレース王者であり、テレビ解説者としても活躍するマリオン・ルス。女子スポーツの発展と、未来の世代に夢を届けることを目指しています。
初代優勝者として歴史に名を刻んだのは、オランダのアネミーク・ファンフルーテンです。
第5回大会となる2026年大会は、8月1日にスイス・ローザンヌをスタートし、8日後にニースのプロムナード・デ・ザングレでフィナーレを迎えます。1,000kmを超えるコースが、フランス各地を舞台に繰り広げられます。
はじまりは1903年

第1回ツール・ド・フランスが開催されたのは1903年。
当時はわずか6ステージでしたが、その内容は壮大で、パリ、リヨン、マルセイユ、トゥールーズ、ボルドー、ナントを結ぶ約2,300kmを60人の選手が走破しました。
舗装されていない道を昼夜問わず走り続け、一日に18時間もペダルを漕ぐことも珍しくありませんでした。まさに過酷な冒険だったのです。
水玉ジャージと伝説の峠

山岳ステージは、ツール・ド・フランスの最大の見どころのひとつです。
選手たちはダンシングで峠を力強く駆け上がり、その後は時速100kmを超えるスピードで下り坂を駆け抜けます。
ピレネー山脈のツールマレー峠や、アルプスのガリビエ峠は、ツールを象徴する伝説的な難所。その活躍を称え、山岳ポイントランキング首位の選手には、白地に赤い水玉模様の「マイヨ・ア・ポワ(山岳賞ジャージ)」が授与されます。
ツールで愛される伝説のチャンピオン

国別の優勝回数では、フランスが36回で最多を誇り、ベルギー(18回)、スペイン(12回)が続きます。
なかでも大会史に名を刻む存在が、ベルギーのエディ・メルクスです。通算111日間にわたってイエロージャージを着用し、ツール・ド・フランス総合優勝5回を達成。これはジャック・アンクティル、ベルナール・イノー、ミゲル・インドゥラインと並ぶ最多記録です。
さらに、メルクスはイギリスのマーク・カヴェンディッシュと並び、ステージ優勝34回という最多記録も保持しています。
なぜイエロージャージなの?

総合成績トップの選手に与えられる象徴が「マイヨ・ジョーヌ(イエロージャージ)」です。各ステージの合計タイムで首位に立つ選手が着用します。
この伝統は1919年に始まりました。
その黄色は、夏の太陽や沿道に咲くヒマワリを表しているわけではありません。大会創設当時の主催者であるスポーツ紙『ロト(L’Auto)』の紙面の色に由来しています。
世界が注目する一大スポーツイベント

ツール・ド・フランスは、オリンピック、サッカーFIFAワールドカップに次ぐ世界有数のスポーツイベントとして知られています。
大会には約600のメディアと2,000人のジャーナリストが集まり、100のテレビ局を通じて190の国と地域で放送されます。総放送時間は6,300時間以上におよび、世界で約35億人が視聴するといわれています。
フィナーレはシャンゼリゼ通り

ツール・ド・フランスは毎年異なる都市からスタートし、時にはフランス国外の近隣国から幕を開けることもあります。
一方で、1975年以来、フィナーレはパリのシャンゼリゼ通りが舞台です。世界で最も美しい大通りとも称されるこの場所で、選手たちは最後のスプリントを繰り広げます。
さらに2024年以降は、ゴール前にモンマルトルの丘を駆け上がるルートが加わり、観客を魅了するドラマチックなフィナーレを演出しています。
フランスを旅するように楽しむレース

ヘリコプターやドローンによる空撮映像も、ツール・ド・フランスの大きな魅力です。
色とりどりのプロトン(集団)が、ノルマンディーの牧歌的な田園地帯からアルプスの山頂、ブルターニュの海岸線、コート・ダジュールの美しいビーチまで、フランス各地の絶景の中を一本のリボンのように走り抜けていきます。
レースを眺めているうちに、「次はこの景色を自分の目で見に行きたい」と、フランスへの旅に思いを馳せたくなることでしょう。

by Filliâtre Pascale
Journaliste-voyageuse. Je suis souvent allée au bout du monde chercher ce que la France offre… juste à côté. [email protected]








